メモリグラフ

写真と記憶の記録 sasaki

写真を撮る理由がひとつ減った話

祖母が亡くなったという報せが届いたのは、2月中頃のことだった。

 

 

 

 

仕事をしていた私は家族からその報せを聞いた。

仕事を終えてから、祖母の自宅に向かった。

 

 

祖母の家は東京の西の端っこにある。

90歳をこえても一人暮らしをしていた。

常々「90過ぎてもう思い残すことはないよ、はやくお迎え来ないかね」と言っていた彼女の希望通り、まさしく「ポックリ」逝ったのだという。

 

苦しまなくてよかったな と思ったり

そりゃないよ おばあちゃん と思ったり

色々していた。

 

 

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祖母の家に着き、普段は閉めることのない部屋の襖を開けると、祖母はそこで寝ていた。

この襖が閉まっていたのを、私は過去に一度だけ見たことがある。

私の父の兄(祖母にとっては息子)が亡くなった時もここが閉められていた。

祖母が泣いているのを見たのは、後にも先にもあの時だけだった。

その時と同じ場所に、もう物言わぬ祖母が寝ていた。

この襖が閉められるというのは、この家にとってそういう意味があるのだと知った。

 

 

かなしい とか さみしい はまだ無かった。

ただ、通いなれたこの家にいる時に、祖母の声がしないという初めての体験をしていた。

 

 

 

 

 

 

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私は祖母が大好きだった

無償の愛を注いでくれた、そんな言葉がぴったりな

大きな愛がそのまま生きてくれているような存在だった。

 

 

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予感がしていた、なんて大嘘で、

さすがに老いは感じていたものの、今年のお正月だって一緒にすごした。

私は祖母の手を診て、足を診た

 

「大丈夫だよおばあちゃん」

 

これが祖母についた最後の嘘になった

 

 

 

 

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それから、2月はどうやって過ごしていたのかよく覚えていない

世界に色が無くなったようだとはまさにこんな感じかと思った

ぼんやり過ごしていた

写真を撮りたい なんて一度も思わなかった

 

 

私は、祖母に見せるために写真を撮っていたんだと気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は両親には見せないものも、祖母には見せていた。

私が働くようになって、祖母の家にもそうは行けなくなったけれど、

小さいころから祖母に何でも報告する癖があったので

「おばあちゃんと一緒にいないとき、これが私が見てた世界だよ」と報告したかったんだと思った

写真はそのために撮ってたんだと、

祖母の棺に、私が撮った写真を入れながら思った。

 

 

 

 

 

 

あまりにも、自分にとって大きな存在を失ったんだと思った。

 まだ1か月しか経っていないけど、これからの1年は季節が来るたびに実感するんだと思う。

春の、夏の、秋の、冬の祖母が、もういないことを。

 

 

 

 

「小さいころからずっと」が唯一ある場所だった。

実家は、私が家を出てからは自分がいることが当たり前の場所ではなくなった。

祖母の家は唯一「小さいころからずっとそこにあるもの」だった。

 

 

 

最近は、祖母の家に行っては畑を少し手伝って、

その間におばあちゃんに「写真を見といて!」と押し付けていた。

私の写真もだけれど、私の好きな人たちの写真も最近は見せていた。

祖母はそんな私を見て

「そんな素敵な趣味ができて良かったね。友達ができてよかったね」と優しく言った

「職があって、素敵な趣味があって、そんな人たちもいるからあなたは安心だね」 とも言った

 

 

安心してくれてたかなぁ

 

 

 

 

 

 

 

私が写真を撮る理由がひとつなくなった。

 

そんな風に思った2月だった。